日本開催・国際仏教徒青年交換プログラム

全日本仏教青年会 第19代理事長 伊東 政浩
【御挨拶】
全日本仏教青年会 第19代理事長 伊東 政浩
Greetings from JYBA
Rev. Seikou Ito
President of All Japan Young Buddhist Association

国際仏教徒青年交換プログラム(International Buddhist Youth Exchange;IBYE)が、御陰様をもちまして無事円成させていただきました事を御報告いたします。

開催にあたり御理解と御協力を賜りました各団体、各聖、各位に厚く御礼申し上げる次第であります。また日本を含む世界各国から御参加いただきました皆様に御礼と御慰労を申し上げます。

東日本大震災から約二年半が経過し、日本での開催地をCrisis Management IBYE Japanというテーマで敢えて福島県を会場とし、現地の方と専門家によるレクチャーや傾聴ボランティア活動、そして慰霊と復興への祈りを通じて、震災に対する理解を深め、危機管理を学ぶのみならず、これからの未来を担う青年たちにとって、すべての命、自然環境の尊さをあらためて知る貴重な機会と成り得たと確信いたしております。

これからも世界の青年仏教徒が交流を深め、互いの思想や価値観を高め合う事のできるこのIBYEが継続され、仏国土顕現、即ち世界平和に繋がる事を御祈念申し上げ御挨拶といたします。

First of all, I would like to announce that International Buddhist Youth Exchange;IBYE has completed all program with great success. Besides that, we deeply appreciate all of understanding and corporation from your Sangha. Also we would like to show our gratitude to those who has come to all the way to Japan.

Since huge devastating Tsunami hit east side of Japan, Two and half years has passed. We, as JYBA, chose Fukushima prefecture as the opening place in order to see what has happened, hear local voices and pray for the victims. Through those facts, we will be able to build more understandings and learn crisis management. This is the opportunity that all attendants has achieve the true meaning of Life and Natural environment for their bright future.

At the End, We are looking forward to have lots of more opportunity that young generations has cultural exchange and improvement of personality from IBYE. Let us pray for true Buddha Dhamma, pure land prevail on earth and world peace.

世界仏教徒青年連盟(WFBY)会長 ポンチャイ・ピニャポン
【メッセージ】
世界仏教徒青年連盟(WFBY)会長 ポンチャイ・ピニャポン
Letter of Appreciation to JYBA
Dr. Ponchai Pinyapong
President of the World Fellowship of Buddhist Youth

Dear Sirs, Rev. HAKUGA MURAYAMA,Chairman of Organizing Committee East IBYE, Rev. Seikou Itoh, President of JYBA, All JYBA members,

We went back home safely with the wonderful experience and impressive memory on the historic event of East IBYE, Fukushima, Japan.

I can see your strong intention and team work to make the program perfect.

I am very impressed in everything such as residence (onsen), food, your team work, co-ordination and co-operation.

I think all of you do the best for us.

On behalf of the World Fellowship of Buddhist Youth, I would like to convey my sincere appreciation again to the organizing committee led by Rev. HAKUGA MURAYAMA, who worked tirelessly to make this program possible.

Hope we can join more Buddhist activities in the future.

May the Triple Gem bless all of JYBA Team with health, prosperity, success and happiness.

Yours in the Dhamma,

主催|Hosted by
協力|Organized by
全日本仏教青年会
All Japan Young Buddhist Association
世界仏教徒青年連盟
World Fellowship of Buddhist Youth
協賛|Sponsored by
公益財団法人全日本仏教会 JBF
Japan Buddhist Federation
世界仏教徒連盟 WFB
World Fellowship of Buddhist
公益財団法人仏教伝道協会 BDK
Bukkyo Dendo Kyokai
全日仏青支援の会
Zennishibussei Shiennnokai
公益財団法人大和証券福祉財団
Daiwa Securities Foundation
一般財団法人太田慈光会
Ota Jikokai
東京都仏教連合会
Tokyo United Mission of Buddhist
(順不同・敬称略)

開催概要

1. 主催
全日本仏教青年会(JYBA)
2. 協力
世界仏教徒青年連盟(WFBY)・天台仏教青年連盟・金峯山青年僧の会・和宗仏教青年連盟・全真言宗青年連盟・全国浄土宗青年会・融通念佛宗青年会・臨済宗青年僧の会・全国曹洞宗青年会・全国日蓮宗青年会・埼玉県佛教青年会・神奈川県佛教青年会・大阪府佛教青年会・一般社団法人神戸青年仏教徒会・曹洞宗福島県青年会
3. 協賛
公益財団法人全日本仏教会(JBF)・世界仏教徒連盟(WFB)・公益財団法人仏教伝道協会(BDK)・全日仏青支援の会・公益財団法人大和証券福祉財団・東京都仏教連合会・一般財団法人太田慈光会(順不同)
4. 開催日時
2013年(平成25年)8月25日(日)午後4時から30日(金)正午頃・5泊6日
5. 開催場所
東京都・築地本願寺/福島県いわき市各地 他
6. 参加者
本会を含むWFBY加盟団体より推薦された青少年
7. 定員
日本国内より35名(一般大学生等)・日本以外の加盟国より35名・WFBY本部役員15名・全日本仏教青年会より10名の計95名
8. 参加費
青少年参加者は無料(集合場所までの交通費は自己負担)、スタッフ参加者は実費として1泊8000円・交通費自己負担

国際仏教徒青年交換プログラム/スケジュール 2013年8月25日~30日

スケジュール 2013年8月25日~27日
スケジュール 2013年8月28日~30日

放射線モニタリング情報 / Monitoring information of environmental radioactivity level

いわき市活動場所の測定結果

2013年08月19日 09時10分(475箇所より3箇所抜粋)
Measurement results list of activity place in IWAKI
09:10 AM, 19th August, 2013
測定所名 μSv/h
いわき海星高等学校 0.084
アクアマリンパーク(いわき・ら・ら・ミュウ) 0.069
アクアマリンふくしま 0.079
(原子力規制委員会 Nuclear Regulation Authority, NRA)

東京都の測定結果

2013年08月19日 09時40分時点(5箇所)
Measurement results list in Tokyo area
09:40 AM, 19th August, 2013
測定所名 μSv/h
新宿区 都健康安全研究センター 0.035
大田区 羽田空港内 0.049
足立区 舎人公園 0.052
八王子市 首都大学東京 南大沢キャンパス 0.038
調布市 調布飛行場 0.034
(原子力規制委員会 Nuclear Regulation Authority, NRA)

大阪府の測定結果

2013年08月19日 09時40分時点(22箇所中14箇所抜粋)
Measurement results list in Osaka area
09:40 AM, 19th August, 2013
測定所名 μSv/h
大阪市 此花区役所(環境省設置) 0.046
泉南郡熊取町 大阪府立熊取オフサイトセンター局 0.043
泉佐野市 大阪府立日根野高等学校局 0.036
泉佐野市 大阪府立佐野支援学校局 0.039
泉佐野市 泉佐野市立大池グラウンド局 0.057
東大阪市 東大阪市上小阪小学校局 0.044
東大阪市 近畿大学原子力研究所北敷地局 0.047
東大阪市 近畿大学原子力研究所南敷地局 0.054
大阪市 府立公衆衛生研究所 0.042
茨木市 茨木保健所 0.059
寝屋川市 寝屋川保健所 0.073
東大阪市 環境衛生検査 0.080
富田林市 富田林保健所 0.064
泉佐野市 市立佐野中学校 0.052
(原子力規制委員会 Nuclear Regulation Authority, NRA)

宿泊場所「ホテル浜とく」前、スパリゾートハワイアンズの放射線量測定結果
 (環境・源泉・水道水)

Measurement results of Spa-resort Hawaiians in front of our staying hotel
(environment・source of spring water・tap water)
放射線量/Radiation dose〈環境/Environment〉
SRH放射線量測定結果報告内容
測定場所
スパリゾートハワイアンズ
測定者
株式会社日本環境調査研究所
住所/埼玉県古川市旭8番3
TEL. 048-991-9461
測定器メーカー
日立アロカメディアカル株式会社
測定器
シンチレーションサーベイメータ TCS-172B
測定機器製造番号
201V6623
測定日
平成25年11月19日 08時20分~09時50分
時定数
10秒
No. 測定場所 測定結果(μSv/h) 地上100cm
測定日
今回 前月 前々月
平成25年11月19日 平成25年10月1日 平成25年9月3日
1 屋外 バーク入場口モノリスタワー玄関司 0.07 0.09 0.06
2 ホテルハワイアンズ玄関前 0.11 0.08 0.07
3 与市(露天風呂) 0.07 0.08 0.07
4 スパガーデン バレオ 0.07 0.09 0.08
5 屋内 客室(モノリスタワー) 0.07 0.07 0.07
6 客室(ホテルハワイアンズ) 0.06 0.07 0.06
7 客室(ウイルポート) 0.05 0.05 0.05
8 子供・幼児プール 0.07 0.06 0.06
9 ピーチシアター 0.06 0.04 0.05
10 スプリングパークプラザ 0.06 0.06 0.06
放射線量/Radiation dose〈源泉/Source of spring water〉
SRH放射線量測定結果報告内容
測定場所
スパリゾートハワイアンズ
測定者
NPO法人いわき環境システム
福島県いわき市赤井字田中10-7
TEL. 0246-35-6242
測定試科名
源泉(水質)
測定項目
放射性ヨウ素(131 l)、放射性セシウム(134 Cs)および
放射性セシウム(137 Cs)
採取年月日
平成25年10月29日
測定日
平成25年11月1日
測定方法
ゲルマニウム半導体検出器を用いたガンマ線スペクトロメトリーによる核種分析法
測定器メーカー
テクノエーピー社
測定器
TG150B
測定時間
1800秒
測定核種 測定結果(Bq/kg)
今回 前回 前々回
平成25年11月1日 平成25年9月30日 平成25年9月2日
放射性ヨウ素(131 l) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
放射性セシウム(134 Cs) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
放射性セシウム(137 Cs) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
※「検出せず」とは検出限界値(10Bq/kg)を超えないことを意味する
放射線量/Radiation dose〈水道水/Tap water〉
SRH放射線量測定結果報告内容
測定場所
スパリゾートハワイアンズ
測定者
NPO法人いわき環境システム
福島県いわき市赤井字田中10-7
TEL. 0246-35-6242
測定試科名
水道水(水質)
測定項目
放射性ヨウ素(131 l)、放射性セシウム(134 Cs)および
放射性セシウム(137 Cs)
採取年月日
平成25年10月29日
測定日
平成25年11月1日
測定方法
ゲルマニウム半導体検出器を用いたガンマ線スペクトロメトリーによる核種分析法
測定器メーカー
テクノエーピー社
測定器
TG150B
測定時間
1800秒
測定核種 測定結果(Bq/kg)
今回 前回 前々回
平成25年11月1日 平成25年9月30日 平成25年9月2日
放射性ヨウ素(131 l) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
放射性セシウム(134 Cs) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
放射性セシウム(137 Cs) 検出せず ※ 検出せず ※ 検出せず ※
※「検出せず」とは検出限界値(10Bq/kg)を超えないことを意味する
【参考】

人間が自然界から受ける放射線量は、世界平均として年間2400μSv前後、日本平均は年間約1400μSvとされています。単純に一年を365日24時間として換算すると1時間あたり世界平均0.27μSv/h、日本平均0.16μSv/hとなります。

周知のことですが、国際放射線防護委員会ICRPは、最新である2007年の勧告で、1年間の公衆被曝限度となる実効線量を「平常時」1000μSv未満と定めました。これを上同様単純に換算すると1時間あたり0.11μSv/hとなります。

※屋内で受ける放射線量は、遮蔽物がある為、基本的に屋外で受ける線量の半分以下になります。

REPORT IMAGES of "Crisis Management IBYE Japan"-Great East Japan Earthquake Reconstruction Support

8月25日/日本参加者のための事前研修
25th August / Prior training and orientation about WFBY, JYBA and IBYE

JYBAとWFBY、復興支援活動としての国際青年交換プログラムについて
Only the participants from Japan and WFBY staff

第1日目は日本参加者の為の事前研修を行いました。海外からのIBYE参加者は、それぞれの加盟団体が組織する青少年仏教徒のチーム“Club25”からの出向であり、IBYEという国際交流プログラムについて多くの予備知識を持っています。対して、まだClub25が組織されていない日本においては、まず参加者に世界仏教徒青年連盟(WFBY)や全日本仏教青年会(JYBA)の説明を行い、IBYEプログラムの趣旨を理解していただく必要がありました。特にこの度のIBYEにおいては、被災地に実際に足を踏み入れ、現場の声を聞き、現地の方々と交流することによる「実際の行動と経験」が、大きな支援活動に直接繋がっていくことを伝えました。

8月25日/日本参加者のための事前研修

8月26日/テーマ「被災地の空気」
26th Augst / Theme1 : The air of disaster area

薄磯地区、久ノ浜地区視察と、地域社会福祉協議会の皆様によるレクチャー
Inspection of the disaster area in Iwaki Fukushima (Usuiso and Hisanohama)

2日目は海外からの参加者を成田に迎えた後そのまま、バスにて地震と津波の被害に遭ったいわき市の現地を訪れ、実際に現在の被災地の空気に触れていただきました。

多くの犠牲者が出た薄磯区では、区長・副区長・総務部長の皆様方よりお話を伺うことができ、火災も発生した久ノ浜地区でも同じくお話を伺いました。海外参加者はもちろんのことながら、国内参加者にも初めて被災地を訪れる青少年が多く、メモを取りながら真剣に耳を傾ける姿が目立ちました。ホテルでの開会式と夕食の後に行われたオリエンテーションでは、「コミュニケーションは心と心で行う!」と説明するデンポンWFBY事務総長のもと、消灯時間まで意欲的な交流と意見交換が行われました。

8月26日/テーマ「被災地の空気」

8月27日/テーマ「東日本大震災の現実」
27th August / Theme2 : The truth of disaster areas

発災当初より現地復興支援活動を実践する先生方による基調講演
Lecture 1-3 about the earthquake, Tsunami and the road to reconstruction

3日目はアジア各国の読経にて行われた朝のお勤めの後、被災の現場にて第一線に立って活動して来られた、いわき市社会福祉協議会の草野淳氏、福島市常圓寺住職の阿部光裕氏、大熊町社会福祉協議会の吉田利孝氏、各先生方に貴重な講義をいただきました。現場における経験として培われた現実のお話を伺うことができ、その想いに触れることができました。朝から夕方までの講義の後、さらに、いわきにおける被災状況や原発事故についての理解を高める為、復興に力を注ぎ続けるハワイアンズのフラガールに焦点を当てたドキュメント映画を視聴しました。今日一日全ての学習をふまえた上でのグループワークでは活発な意見が飛び交い、夜遅くまでプレゼンテーションが続けられました。

8月27日/テーマ「東日本大震災の現実」

8月28日/テーマ「被災された皆様方との交流」
28th August / Theme3 : Communication with the victims

いわき市内仮設住宅での傾聴活動といわき海星高校じゃんがら部との交流会
Lecture 4 about voluntier activities (listening activities)
Communication with victims in temporary housings and with students in affected highschool

4日目は日本の読経により行われた朝のお勤めと坐禅からはじまりました。午前中に米澤救援委員長による行茶(傾聴)活動についての講義を受けた後、それぞれ双葉町や大熊町から避難されている方々の仮設住宅3ヶ所で行茶活動をさせていただきました。

本当に喜んでいただけたことを心から有り難く思うとともに、言葉は通じなくても、海外から参加した皆様からのメッセージは、日本人参加者の介添えとともに、しっかりと伝えられたと感じました。夕方に行われた、いわき海星高校じゃんがら部の皆様との交流会では、念仏踊りであるじゃんがらを披露していただき、先生方のご協力のもと、浮き輪のお守り(浮環)作りを通じて、とてもあたたかな交流の場を持つことができました。

8月28日/テーマ「被災された皆様方との交流」

8月29日/テーマ「追悼と復興への祈り」
29th August / Theme 4 : The prayers for victims and reconstruction

薄磯海岸における追悼慰霊法要と復興に向かう象徴としての各所を訪問
Memorial service and ceremony at Usuiso-seashoe
Visiting to the symbols of reconstruction (Aquamarine Fukushima and Spa-resort Hawaiians)

最終日5日目は、前日までの経験、体験、想いを胸に、薄磯海岸にて海岸供養としての慰霊法要を行いました。タイ、台湾、韓国、日本と、様々な言葉による1時間に及ぶ読経とともに、参加者は謹んで御焼香を勤めました。また、いわきにおける復興の象徴とされるアクアマリンふくしま、スパリゾート・ハワイアンズ等を訪問し、それぞれの施設における、この2年半の努力と祈りに思いを馳せながら、心から楽しませていただきました。閉会式では、今後引き継いでいく支援への気持ちと寄り添い、共に在るという意識を共有し確認するかのように、参加者全員で万歳三唱する姿も見られました。最後の夜ということもあり、皆疲れているにも関わらず、夜遅くまで熱く語り合いました。

8月29日/テーマ「追悼と復興への祈り」

参加者レポート / Reports from Youth Participants

大学からは1人の参加になってしまったという事で、代表者としてふさわしい行動ができたかどうか自信はありませんが、自分なりに1日1日、震災という出来事にきちんと向き合い、学んだつもりです。

自分も被災者として震災を通し学んだ事、考えた事はたくさんあります。それを誰にも伝えず、自分自身とも向き合わず、忘れてしまう事は簡単です。ですがこのような未曾有の災害からの学びを何も残さず風化させてしまう事は、生き残された者として絶対に許されない事であるという自分の中での思いが強くあり、震災後様々な活動に参加してきましたし、また、今回もこのプログラムに参加させていただきました。このプログラムでは、私自身、福島の方々の姿を拝見し自分も頑張らなければという思いを強める事ができました。

また、このプログラムの参加者の方々の真剣に取り組む姿を通し、福島県民ではありませんが1被災者として、とても嬉しい気持ちになりました。このような貴重な経験の場を設けていただき、本当にありがとうございました。

プログラムを通して学んだ事
  • 朝の座禅および勤行
    今回初めてお寺での朝の座禅および勤行をさせていただいて感じた事は、朝に心を落ち着ける時間を作る事によって、心に余裕を持ち1日を過ごす事ができるという事だ。1日の始まりにこのような時間を作る事は忙しい現代社会を生きる上で、心に余裕のある生活をするのにとてもいいことだと実感した。
  • 視察場所2カ所(薄磯・久ノ浜)
    初めて福島の被災地を視察したが、2年5ヵ月が経った今でも被災地の様子から震災の悲惨さ、被害の大きさが伝わってきた。亡くなられた方や遺族のことを思うと心が痛む。私自身も岩手県釜石市で被災しているので、場所は違えどともに頑張って生きていこうと強く思った。
  • 基調講演
    ・ボランティア活動センターの仕事内容と重要性が分かった。こうした方の努力があって私たちはボランティアができるのだと分かった。
    ・「私たち人間は被爆すべきだ」という言葉が印象的だった。世間的には語弊が生じるだろうが、人間が作り出した欠点に人間自身が責任を持つべきという考えに共感した。こうした考えを持ち、自ら積極的にボランティアに参加している阿部さんを心から尊敬する。
    ・原発による被災者の生の声を聞く事ができた。家があるのに、帰りたいのに帰れないという現状は、私たちが想像する以上の辛さなのだろうと思った。
  • 行茶活動
    言葉の壁を越えて被災者を元気づけたい、助けになりたいという海外の方々の気持ちがすごく伝わった。皆が笑顔で過ごした最高の時間だった。この活動を通して、少しでも被災者の方々に力を与えられた気がする。
  • 福島県立いわき海星高校 チーム「じゃんがら」との交流会
    本当にすばらしい発表だった。また、ストラップ作りを通して貴重な体験ができたし、皆で交流を深める事ができた。実際に津波の被害を受けた建物も見学させていただき、津波の威力を改めて痛感した。
  • アクアマリン福島 視察
    アクアマリン福島では現在の復興した状態に至るまでの過程を詳しく説明していただいた。震災時に実際に施設にいた職員の方からのお話も伺う事ができ、当時の過酷な生活が伝わってきた。それと同時に今の私たちがいかに恵まれているかも痛感させられた。
  • グループワーク
    1日の活動をまとめ、学んだ事を発表するグループワークでは、何が起こるか分からない状況において困難が生じた時に、皆が必死に努力し協力しあえば困難を乗り越えられる事を学んだ。思わぬ状況に追い込まれた時、最初からできないと諦めてしまうのではなく、努力すれば必ず乗り越えられるという事を身をもって実感できた。

このように6日間を通して、書ききれないほどたくさんの事を学びました。言葉が流暢に話せなくても、また例え言葉がなかったとしても、人間は心と心で会話ができるという事を一番に学ぶ事ができ、本当に参加してよかったと思えるプログラムでした。今回このような貴重な経験を企画、運営してくださったスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

この度の国際仏教徒青年交換プログラムでは、大変充実した5日間を過ごさせていただきました。

宗派を超えさらには国境をも越えたプログラムに参加したのは、生まれて初めてでした。宗門の枠におさまっている安居中に於いて、このような貴重な経験ができることはなかなかありません。それぞれ言語や信仰のカタチは違えど、皆“ホトケ”の名の元に毎日を送っていると身を持って感じさせられました。

ほとんどの参加者が初対面でした。しかし、様々なプログラムを経て、最終日には大切な仲間になりました。總持寺現董 江川禅師様は「我逢人」を杖言葉にされておりますが、正に今回の経験はそれを痛感いたしました。

また、いわき市での開催も深い仏縁を感じます。私も福島県出身でありながら、実際に被災地に足を運ぶのは初めてでした。震災当時は安居中で、被災の様子もメディアを通して見ていました。実家は福島県の北部、伊達市で、海からも遠く離れております。

同じ福島県でひとつ山を越えた海沿いでは、信じられない光景が広がっておりました。被災状況を実際に自分の目で確認したときは、震災の瞬間が映像として頭に写り、なんとも言えない気持ちになりました。

しかし、ご講演いただいた阿部光祐老師が「被災したかといって閉じこもってはいけない」と仰いました。その言葉が非常に印象に残っています。ハワイアンズやアクアマリンの復興の様子、仮設住宅で暮らす双葉町の方々には、逆に私が勇気づけられました。

この5日間は、本当に一言では伝えられないほど多くのことを学ばせていただきました。この経験をバネに新鮮な気持ちで精進したいと思います。

最後に、世界仏教徒青年連盟、全日本仏教青年会、そしてこのプログラムで出逢ったすべての仲間に感謝申し上げます。ありがとうございました。

3.11における未曾有の大震災以降、福島を初めとする被災地が過酷な状況におかれているのをニュースで私は知っていたが、ネットやニュースが大々的に放射能の被害を大げさに伝える中で、私の福島をおとずれようという気持ちは萎えて行き、福島へボランティアに行った友人等から伝えられた話が報道から乖離しており、真実は何なのかとの疑念を抱き、福島を震災後に訪れなかったことへの後悔がつのった。

そんな中で、今回のプログラムを知人から紹介され、後悔を払拭する良き機会だと思い、参加させて頂いた。そして、実際に福島の地を自身の足で歩き、現地の住人の方のお話を聞くことで、「福島は死の町」などの流言に踊らされていた自身を深く恥じるとともに、「是非福島にもう一度きて欲しい、その目で見たことを周りの人と共有して欲しい」との住人の方の言が示すとおり、懸命に偏向報道を是正し、復興に励む福島県の方々の姿に、深く心を打たれた。

また、本プログラムを通じ、プログラムなしでは決して関わることのないであろう、世界中の仏教徒の方々と交流し、他の日本参加者を含め、沢山の良き友人と出会えた。

プログラムスタート前夜以前、伊藤理事長が「このプログラムはあなた方の人生に深く影響を及ぼす」と仰っていたが、仰せの通り、私は本プログラムで自身で情報の信憑性を確認する事の大切さや、世界中の友人という無形の財産を得る事が出来た。

このような素晴らしいプログラムを主催して下さった、JYBAの方々に深く御礼を申し上げます。また、今後も、仏教界が連合で、世界に対し、福島の真実というものを発信し続ける事を、願って止みません。

まず初めに、今回このような機会をあたえてくださった事に感謝いたします。

私にとって東北行くのも初めてだったので、何もかもが未知の経験でした。津波によって人間がこれまで営んできた文化が流されてしまう、その光景をこれまでメディアを通じて見てきましたが、実際にその地域を訪れると、そこには海の美しさ・穏やかさがありました。それが脅威となって地域全体をわずかに残して流してしまったことが信じられません。自分の家や地域が流されることによって、心には大きなダメージが残りますが、自分たちの地域復興のために、このままではいかんと様々な視点ですぐに立ち上がろうとした方々を知ることができました。私たちは誰でも何らかの地域に所属していますが、そのために何ができるのか。震災を通じて、被災地の方の思いが、地域復興の1つになったとも捉えられます。地域住民、学生、観光施設、ホテル、お寺、様々な立場の者が、それぞれ考えて立ち上がっていると感じます。私も大学で地域創造を学んでいるため、色々考えさせられました。

そして、何よりも笑顔が大切という事を学びました。当たり前のことですが、傾聴活動にもフラガールにも共通していることでもあります。また、草野さんがボランティア活動に参加してくれた方に対して、楽しんでいただきまた来たいと思えるような説明や、自主的に手を上げてもらうことというのは、何かをまとめるリーダーになった際に、活かされる事だと思います。また1番印象に残ったことは、阿部老師が「喜びの中に悲しみが、悲しみの中に喜びがある」とおっしゃっていたことです。私が伺った大熊町の仮設住宅の方々は、こちらの緊張が嘘のように笑顔で出迎えてくれ、震災のことを感じさせないほど楽しんでいただけました。震災からの気持ちに整理がついているのかどうかは分かりません。しかし、私たちには無い感情を心の中に持っていることは確かです。米澤さんの講演で学んだ寄り添う姿勢は難しいものですが、心がけていきたいです。

そして、今回、原発が近くにあるにも関わらず、来ていただいた勇気あるアジアの方々との交流ができて良かったです。ディスカッションで意見を議論する難しさはありましたが、国際交流を通じて何かを考えていきたいと思います。また是非今度は日本人代表として参加したいです。

私は今回、国際仏教徒青年交換プログラムに参加させていただき、東日本大震災により多大な被害を受けられた方や被災地の現状を知ることができたとともに、海外より参加された仏教徒青年の方達と交流ができ、とてもよい経験をさせていただきました。

私は今まで被災地である東北地方には行ったことがなくニュースや新聞でしか被災地のことは知りませんでした。ニュースや新聞では被害状況や原発のこと放射線のことが重点的に取り上げられていて自分の中で東北のほうは大変なことになっている。危険な場所なんじゃないか。というふうに感じていました。そのなかで今回参加したのは東日本大震災復興支援のテレビ番組を見て東北に興味を持ち行ってみたい実際の現状をこの目で見たいと思ったからです。まず、最初に行った被災地では津波の恐ろしさを痛感しました。山は削られ堤防のコンクリートも砕かれ電柱ですら倒れていて言葉を失いました。これだけの規模の津波がきたと思った時、私であればどうしたであろう、家がなくなってしまうかもしれない、死んでしまうかもしれないという恐怖に立ち向かえたのだろうかと考えました。私にはその恐怖に耐えることができないと思いました。

次に、被災地で原発に汚染された土等を自ら除染し自分の私有地にその除染した土等を引き受けているお寺の住職さんがいるということを知り大変感心しました。その住職さんがおっしゃられた言葉が今も頭に残っています。人間は自分で作ったもので苦しみ騒いでいる。これは人間のエゴだ。と。私は確かにそうだと思いました。便利を求めて危険であることを知りながら原発を作り、便利になったといいながら害を及ぼせばやはり危険だったと。これはこの住職さんでなければ言えない言葉だと思います。この住職さんは放射線に立ち向かい復興ということに本当に真剣に取り組んでいるんだということがひしひしと伝わりました。

一番印象に残ったのは傾聴ボランティアです。最初は集まった人同士で話をされていました。私の緊張が相手に伝わったんだと思います。自分の心の中で話を聞いてあげるんだという意識があったのかもしれないです。私はボランティア以前に人と人との会話であることを忘れていたんだと思います。しゃべりだしてからは本当にすぐに時間が過ぎました。

最後の方は自分の故郷のこと、故郷に戻りたいことそんなつらい記憶も話してくれました。それだけでなく私の相談にものってくれ、私のほうが勇気づけられました。また、驚いたのは私たち日本人以上に海外の方がすぐに話をしてなじんでいたことです。海外の方は日本語はあまり得意な方は多くはないにもかかわらず楽しそうに話をしているのを見て海外の方の熱心さ、コミニケーション能力に関心しました。言葉は通じなくとも伝えたいことは伝わるんだと思い、私自身海外への興味が増しました。

長いようで短い期間でしたがここでした経験と人との出会いは一生の財産だと自信を持って言える経験をさせていただいたことに感謝しています。

五泊六日のプログラムの中で学べたことは、私が参加する前に想像していたよりも、はるかに多く、この貴重な機会に恵まれたことを、嬉しく思う内容でした。

私は福島県相馬郡新地町出身でしたので、被災地の状況は把握しているつもりでしたし、実際に被災地を視察させて頂いた中で、地元と同じような光景もありました。

しかし、被災地と被災者、ボランティアをつなぐ役目を担っている方の努力や苦労は、私は全く知りませんでした。そして、ボランティアに参加されている方の話を聞いたとき、とても驚きました。その方は、「今まで贅沢をさせてもらったから」と、話していました。その言葉を聞いたとき私は、何もしていない自分が恥ずかしくなってしまいました。また、誰も引き取らない放射線濃度の高い土を裏山に置くお寺さんがあることを知りました。そのお寺の住職さんは、虫も草も被爆しているのだから、人も報いを受けるべきだと話していました。それでも未来を担う子供のために、自分を犠牲にして除染作業に取り組んでいました。正しいことだとは分かっていますが、それを実践する姿はとても真似ができることでは無いと思います。どうしたら、こんな生き方ができるのでしょうか。私にはまだまだわかりそうもありません。

しかし、今回このプログラムに参加させて頂いたからこそ、このような素晴らしい方々の存在を知ることができました。そして私は、今まで考えることすら避けてきた無関心な自分を知ることができました。ここで気づけてよかったと思います。

これからは、できることから行動に移す、人任せにしない自分になれるように努力していこうと思います。このような大切な支援活動に、多くの仲間と参加できたことを大変嬉しく思います。ありがとうございました。

2011年3月11日、未曾有の災害である東日本大震災に見舞われてから、テレビ、新聞、インターネットを通して被災地の状況が数多く報道されてきました。しかし私自身が同じ日本人であるのに、どこか他人事としてしか見られていないと感じていました。今回のプログラムの開催地は地震、津波、原発の被害を特に強く受けたいわき市でしたので、直に被災地の景色、被災者や現場で復興活動に従事されている方々の意見を拝見、拝聴することで「あの震災は一体何だったのか」今一度私自身の気持ちを整理したいという思いで参加を致しました。

今回のプログラムのなかで特に印象深く考えさせられたのは一、惣善寺様にて行った朝勤 二、行茶活動 三、慰霊法要の三つです。

一の朝勤ではタイの僧侶の方々によるパーリ語の読経を聴きました。原始仏教に触れる貴重な体験ができ、今後機会があれば様々な仏教の体系について学びたいと思いました。

二の行茶活動については正直に述べて、たった一回参加することは偽善ではないか、被災者に失礼ではないかと考えていました。しかし仮設住宅で実際にお会いした方々は、すぐに何不自由ない日常へ戻っていく私たちに優しく接して下さいました。笑顔で迎えてくださったことで「私達が『してあげられる』ことなど何もない」「被災者の本当の痛みは経験しなければわからない」と感じました。一個人が仕事、日常生活を犠牲にして具体的な救済活動を行うことは困難であり、目に見える支援活動を主導することは草野氏、吉田氏のように行政の役割であると考えます。しかし仏弟子として私ができることがあるとすれば、亡くなった方、苦しんでいる人のために本心から祈ることだと感じました。

三の慰霊法要が行われた8月29日、久ノ浜は快晴で、真っ青な空と海、真っ白な砂浜の中で法要が行われました。前日に見学した、いわき海星高等学校の瓦礫が広がる光景も衝撃的ではありましたが、津波に襲われた事実とあまりにかけ離れた綺麗な久ノ浜の景色に、言葉がありませんでした。読経の声が響く中、お焼香をさせて頂けたことで、震災が起きてから初めて私自身の心の整理が多少なりともできたように思います。

また、海外の仏教徒の方との交流を通じて、英語力を上げる必要性を痛感しました。様々な国の人々と意見を交わすには英語が必須であり、生の会話ができるよう勉強していきたいと思います。

末尾になりましたが、今回のプログラムにおいて企画、サポートして下さったスタッフの方々に対しまして心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

先日六日間の日程で、『国際仏教徒青年交換プログラム』に参加して参りました。このプログラムは、世界仏教徒連盟(WFB)の青年組織である世界仏教徒青年連盟(WFBY)が、仏教を信仰する青少年の国際交流と伝統的仏教文化のグローバル化を目的に、世界各国で開催しているプログラムです。本年は日本での開催となり、各宗派の統括組織である全日本仏教青年会が主催し、福島県いわき市で行われました。

本プログラムは、東日本大震災に対する理解を深め、人の命や自然環境、危機管理について日本と世界の仏教徒が共に考えることを目的として開催されました。未だに海外では、日本あるいは福島イコール「危険」というイメージがあるようで、福島県いわき市での開催は現地を実際に見ることで、震災や原発事故に対する「正しい」理解を深めてもらうとともに、見聞きした情報をそれぞれの国で「正しく」伝えてもらう意味もありました。日本からは各宗派の僧侶や大学生を中心に約三十名、海外からはタイ、マレーシア、韓国、台湾より約四十名が参加しました。この六日間は、講演をお聞きしたり、視察やボランティア活動、グループごとに学んだことを話し合い発表するといったプログラムがあり、忙しいものでしたが、非常に実りの多い有意義な時間でした。

さて、Dharma(ダルマ)という言葉をお聞きになったことはありますでしょうか。ダルマは願いが叶うと黒い目を入れるあの赤い人形として有名ですが、ダルマとはサンスクリット語で「仏法」、つまり仏さまの教えという意味です。ここで、一つ歌をご紹介します。本プログラムにおいてマレーシアの参加者に教えてもらった『Sadhu(サドゥー) to(トゥー) Dharma(ダルマ)』という歌です。

Dharma is GOOD/Dharma is JOY/Dharma is PEACE/Dharma is LOVE/Sadhu Sadhu Sadhu Sadhu to Dharma/Sadhu Sadhu Sadhu Sadhu to Dharma/Dharma is for you and me
Sadhu(サドゥー)はサンスクリット語ですが、漢字で「善哉」と訳し、「素晴らしい」を意味します。白玉とあんこが入った善哉(ぜんざい)はこれを語源としています。和訳すると次のようになるでしょう。
『仏法は「良い」教え/仏法は「楽しい」教え/仏法は「平和」の教え/仏法は「愛」の教え/素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 仏法は素晴らしい/素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 仏法は素晴らしい/仏法は「あなた」と「私」のためにある』

仏教には、大乗仏教と上座部仏教、さらにその中にも多くの宗派・教派があり、それぞれの国で文化も伝統も異なるため、教えも違えば僧侶の見た目も違います。一口に仏教とはいえ違いが数多くあります。このような違いがあるとはいえ、お釈迦さまの説いた仏教は「良い」「楽しい」ものであると同時に、「平和」「愛」の教えであり、「素晴らしい」もの、さらに一人のためではなく全ての人々のためのものでもあります。この歌はこのことを非常にやさしい言葉と音楽にのせて教えてくれます。

仮設住宅の集会場での茶話会において、この歌は振り付きで披露され、避難されている方も一緒に踊り、言葉の壁を超えて皆で一体となりました。仏教の教えは難しいと思われることも多いですが、仏教の素晴らしさはこうした平易な言葉でも表現でき、共に楽しむことができるものでもあると思います。

震災で亡くなられた方の冥福と、未だ大変なおもいをされている方の一刻も早く平安な暮らしをおくれますことを、共にお祈りしたいと思います。

  • 参加の動機

    今回このプログラムに参加した理由は、私は福島に一度も行ったことがなく、被災地を実際に自分の目で見たいと思ったからであった。

    震災以後、東京に住む私は、すぐに普段の生活に戻り、津波や原子力発電所の問題など、まるでないかのように過ごしている。放射能漏れのニュースが流れても、友人がボランティアへ行ったと聞いても、まるで他人事のようにしか、震災を受け止めていなかった。

    しかし、本来であれば、震災の直接の被害者のみならず、日本人全員が、この国この世界をどうしたいのか、改めて考えざるを得ない問題である。たとえば原子力発電所は、経済的な視点から見れば、再稼働すべきであるという。しかしそれほど経済を優先して国の未来を決めてしまっていいとは私にはとても思えない。ならば、このような大きな問題に対して、どのように考えるべきか。私には全く分からなかった。たとえば知らん顔して楽しく生きるのも、ひとつの生き方である。私もそのように生きてきたし、これからもある程度そうしていかざるを得ない。なぜなら、私は自分の人生を、原子力との戦いや被災者支援に捧げる覚悟を私は持っていないからである。

    ただ、まるで知らぬふりもできない。というのも、私たちの暮らしは常に誰か(何か)を犠牲にして成り立っていること、このことを原子力の問題が痛感させるからだ。かといって、それにいちいち懺悔していたら生活できないのもまた事実である。私一人の力で何ができるわけでもないが、自分なりに向き合いたいと思い、ひとつでも考えるヒントやきっかけを得たいと思った。これが参加理由である。

  • 福島にて学んだこと

    プログラムのなかの、多くの活動のうち、私が特に印象に残っているのは、薄磯と久ノ浜の視察・浜とくでの基調講演である。

    ○薄磯視察
    薄磯にて初めて被災地に降り立ち、現場を自分の目で見た。被災地はテレビで何度も見たことがあるが、実際に見ると全く違う印象を持った。何もなく、あるのは家屋の痕跡だけ、ということの衝撃は大きかった。今まで当たり前のように営んできた生活が、一瞬にして崩壊してしまう。被災者たちは、津波が引いた後に、自分の家があった場所に戻ってきただろう。そしてあの光景を見た時の悲しみはいかばかりか想像される。わずかに残った石垣に、花の絵と「がんばれ」と書き込まれていた。
    薄磯で大谷さんという御老人の話を聞いた。氏は薄磯周辺に住んでいたそうで、津波から逃げる時、一人の老婆を置き去りにせざるを得ず、それが一生の罪悪感として胸に残っている、という話を聞いた。大谷氏と同じような経験をした方も大勢いるであろう。また、置き去りにできずに、亡くなる方も大勢いたであろう(そのような話を久ノ浜で聞いた)。
    大谷氏はまた私に次のような話をして頂いた。被災者の多くは、努めて明るく暮らしている。そうしていないと、抑圧に耐えられないからである。特別に何かをしてくれなくてもよい。
    被災者の気持ち・思いを汲み取ってほしい。私も、自分が老婆を置き去りにしたことを、一年経って初めて他人に話した。すると、自分の心が和らぎ、楽になった。この活動を続けているのは、自分が生きていく上で非常に重要なことなのである。
    ○基調講演
    基調講演のうち印象に残っているのは、阿部光裕氏の「人間は被爆すべきである」という言葉である。原子力の問題は人間が勝手に作り、勝手に失敗し、勝手に大騒ぎしている。
    にもかかわらず、人間だけが、放射能から逃れようとしている。周りの魚や、山川草木、動物たちは、みな被爆し、その中で生きている。だから、人間も被爆すべきであるという。これは比喩でもなければ、挑発でも冗談でもない。文字通り被爆しろと言っているのだ。
    私はこれほど責任と覚悟のある言葉を今までに聞いたことがなかった。反対派勢力は即刻停止を謳うだけで受け入れや処理の問題を語らない。推進派は「放射能ではまだ誰も死んでいない」などと全く説得力のない安全性を語り、反対論を感情論としか見ていない。しかし阿部氏は自ら除染作業に取り組み、汚染土の保管を受け入れている。
    阿部氏のように生きることを私自身は望まないが、このような人がいることを知っただけでも、自分にとっては大きな意義があった。
    また大熊町に住んでいた吉田利孝氏の講演も、豊富な資料と写真によって、居住制限地域の現状を多少なりとも知ることができた。おそらく津波の被害だけなら、福島よりも三陸地域のほうが大きいかもしれない。しかし吉田氏が言うには、岩手や宮城は、すぐに現地入りして復興に取り掛かれる。しかし、福島は原発問題によって手を付けられず、復興さえできない。この点にもっとも悔しさを感じるとおっしゃっていた。
  • 今後の展望

    「がんばろう」という言葉を考え直すきっかけになった。震災以後、全国各地で見られる「がんばろう」という言葉は、福島では少し違った意味を持つように思う。前述した吉田氏の言葉からは、福島ではがんばりたくてもがんばりようがないという、哀しい思いを感じた。また大谷氏の言葉からも、努めて「がんばろう」としている被災者たちの姿を教えていただいた。被災者はすでに十分がんばっている。がんばろうという言葉は、むしろ直接の被災者ではない、私たちに向けられていると感じた。

    私が直接被災地にできることは何もない。しかし見てきたこと、感じたことを、自分の周りの人々に語ることはできるし、始めている。そうしてこれからの日本の未来やこの世界の理法について、考えを深めていくことが、私にできることであると思う。

今回の国際仏教徒青年交換プログラムを終えて、震災は福島県を初めとして、とてつもなく大きな爪痕を被災された方々に残したのだと強く感じた。その爪痕はおそらく今後癒えることも消えることもないと言えるだろう。私のような直接的な被害を受けていなくとも2011.3.11の震災は決して被災された方々だけの問題ではなく、同じ日本国民として私たちを含めた個人個人が生涯をかけて現状を受け入れ、改善し続け、そして自分たちの周囲の人に伝え続けていかなければならないことなのだと感じ取った。

震災ではなく人災だと明言することは私には非常に難しい内容であるが、福島県は原子力発電所の爆発の影響で、発電所周辺地域の多くの住民が自分たちの家に未だ住むことができずに仮設住宅等で生活をしているという現実に重い気持ちになった。今まで私は少なからず原子力発電の恩恵を受けてきたことであろう。今までの生活が何不自由なく続けることができたのは、原子力発電の便益の上に成り立っていたのかと思うと、胸が苦しい。しかし、今回の震災は辛くて悲しい想いをただ単に残していっただけではなかった。今回の震災から人と人との繋がり、家族愛の再認識ができたと言える。決して失うことばかりではなかったのである。そこには紛れもなく得たものがあった。震災直後、一人暮らしの祖母の家に駆け付けた時に、祖母が近隣住民と共に一か所に集まって身を寄せ合っていた情景が思い出される。私の顔を見た途端に祖母の顔に笑顔が生まれていた。電話が通じず、私は不安でいっぱいだったため、その笑顔にほっとさせられた。また、普段は目にしない方にも会い、無事を確認することができた。井戸端会議とまではいかないまでも、お互いの安全を確認し合ったり、情報を交換し合ったりと、時間を共有することができた。その際に、人と人との繋がりの温かみを感じた。震災前よりも震災後の方が、近所付き合いが良くなったように感じる。綺麗ごとかもしれないが、失ったものを数えるのではなく、今現在存在しているもののありがたみを噛み締めていきたいと心底思っている。

今回のプログラムで私と同じ考えを持つ人に出会えた。いわき市社会福祉協議会ボランティア活動センター長の草野淳氏である。草野氏の上司の一言が私の胸に深く突き刺さった。「例え私が一人になっても、私はこの場に残る」という言葉である。そんな言葉を言われたら、私は奮い立ってしまい、一緒に残り戦っていくことを決意しただろう。しかし、そうは言っても草野氏には妻子がおり、子どもはまだ幼いという。復興支援のために尽力したいという熱い気持ちと被爆する恐怖や不安が混在していたことは想像に難くない。妻子には逃げて欲しいと思っていたようだが、幾度となく家族会議を開いた後に、家族みんなで福島に残ることを決断したのである。その決め手は、「あなたと一緒にいたい。パパと一緒にいたい」という言葉であったという。その言葉に私の心は強く揺さぶられた。家族全員の絆の強さと偉大な勇気を感じ取ったからである。最後に「失っただけではなく、かけがえのないものを手に入れた」と話してくれた。この言葉を聴いた時、私と同じ考えを持つ人に出会えたことが心底嬉しかった。

最後になるが、今回のプログラムに参加できたことに関して心から感謝の意を表したい。今後の私の財産になったことは間違いない。今回のプログラムの運営にあたって、私が想像し難いほどの苦労や葛藤があったと思う。改めて感謝の言葉をお伝えしたい。本当に貴重な体験をさせて頂いた。今回学んだことを私の周囲の人に伝え、今後の人生の糧としていきたい。

今回の交換プログラムで私が学んだことを1点にまとめるとするならば、「諸行無常」を全体験したということにつきる。言葉自体は学校などで習って知っていたことは知っていたが、2日目の久ノ浜において風呂釜だけが残りそこから雑草が生えていたのを見て「ひとえに風の前の塵に同じ」という平家物語の一節を痛感せずにはいられなかった。

しかし3日目のボランティアスタッフのまとめ役を勤めていらっしゃる草野さんのお話や、4日目の行茶活動でお話をお聞かせ下さったご婦人の話を聞いて、「滅びたるものは滅びたままではなく、その上から新しい生命が芽生え、生まれ変わるのだ」と感じた。先程触れた行茶活動で私がお話を聞きにいったご婦人はこうおっしゃった。「地震や原発事故が起きてからいわきは道路が渋滞するとか病院が混んでいるとかマイナスイメージばっかり伝えられているけれども、店でお金を使ったりだとか、人口が増えたおかげで商店街に活気が出たりとかでプラスの効果もたくさんある。1%のマイナスイメージがあるからといって、いわきすべて、福島すべてを100%のマイナスイメージで見ないで欲しい」と。この言葉に私は強く心を打たれた。このような言葉、このようなプラスのイメージは、テレビなどでは絶対に放映されないとも彼女はおっしゃった。まさにその通りで、そのようなプラスのイメージがあったということを、恥ずかしいことに全く知らなかったのである。ここに、情報を伝える側に絶対の権力があるということを感じさせた。

私が泊まったいわき市湯本周辺やその他私たちが通ったところは一部を除いて表面上は復興しているところが多かった。人々も皆笑顔を見せていた。しかし、その笑顔の中には、震災で失ったことに対する悲しみが、しばし垣間見られた。その悲しみに気づき、どのように接したらいいか、そのことをじっくり学んで今後に活かしていける、そのようなかけがえのない5泊6日であった。

このような企画を提供して下さった皆様に、この紙面を借りて感謝の意を表したいと思う。本当にありがとうございました。

私は仏教徒でもなければ仏教に興味があるわけでもありません。元々友人と台湾旅行に行くはずが、彼の一存により急遽このプログラムに参加することになり、内心非常に不安でした。丸刈りにされてもしょうがないという覚悟を以て築地本願寺の門をくぐると、そこにはまさに異世界が待ち構えていました。国内、そしてアジア諸国から様々な人々が集まり交流が広まっていくのはとても刺激的で、自分の英語力やコミュニケーション能力の不足さを痛感するとともに、人と人とが出会いわかり合おうとするプロセスを温かく説明して下さるデンポンさんの言葉は、おそらく一生忘れることのない財産になりました。同時に被災地の視察は、3.11の爪痕が2年経った今でも深く東北に刻まれているという事実を、テレビ越しではなく自分の目を通して学べました。

「タダより高いモノはない」が信条の私にとって、今回のプログラムでどんなひどい仕打ちを受けるのか恐怖におののいていましたが、それは杞憂に終わりました。無料でここまでの経験が出来るなんて思いもよらず素人ながら「仏教の世界ってスゲェな」とため息が止まりません。ここまで素直に他人の幸せを願うことができた経験はこの先あるかどうか。素晴らしい6日間をありがとうございました。

築地本願寺に初めて集まった時にはまるで一体感というものがなくこの先どうなって行くのかという不安の比重が期待に勝っていたことは私だけでなく多くの人が感じていたことだと思いますが、その思いが転じたのは割とすぐでした。仏教の分派を理解するとともにアイスブレイクの一環として用いられたジェスチャーによる伝言ゲームに"悟り"や"Yes, we can ! "など難易度の高い課題が出始めた時です。個包装されたそれぞれの心の紐が解かれたかのように沈黙してゲームの行く末を見守り、また一斉に笑うといった光景が見られました。ここを原点に、私たちは動き出すことになります。

さて、ここからはデン=ポンの瞑想やレクチャーで心を動かされたことについて綴っていきます。瞑想は日本でいうところの坐禅に相当するものだと思うのですが、その内容は座布団を枕にして仰向けに寝転がり、楽曲の力も借りてただひたすら心を落ち着かせるというものでした。坐禅のように脚の痛みを伴わないので心底落ち着きます。このようなスタイルの瞑想があってもいいと思えました。

また、レクチャーについてですが、草野淳氏によって説明された「瓦礫はゴミではない」ということを聞くまでの私は瓦礫というものは邪魔なゴミだという勝手な思い込みをしていたのです。しかし実際のところは土砂などの堆積物と人間の所有物の混合物であり、ダイヤモンドの原石に近い意味を持って目の前に存在していました。つまり、瓦礫の撤去作業というのは単なる一掃を指すのではなく土砂の中からある人にとって大切なものを見つけ出す作業を指すのです。書き出せばキリがないですが今回のプログラムは私の視点を大きく変えるセッションを幾つも抱えていました。これからも広い視野と心の余裕を養い、人生の糧に出来れば幸いです。実りある6日間をありがとうございました。

八月二十五日 概要説明、座禅の座り方等を教わる。

八月二十六日 海外参加者出迎え。視察。開会式。
龍宅寺の周りには傾いた電信柱があるだけで、建物は無く、流された場所に草木が生えているだけであった。被災者から当日の話を聞いて、彼の心情を考えると心が痛んだ。

八月二十七日 惣善寺にて勤行から始まって、震災に関係がある方達三人の講演を聞いた。

  • 草野淳氏
    震災が起こって、今に至るまで丁寧に順序立てて話をしていた。
    心がけ、心がけていくことは
    ①出来ない理由ではなく、出来る理由を探す
    ②否定するだけでなく肯定もする。
    ③また来てくれるような「楽しいボランティアセンター」を作る。
    ④みんなのサロンであること。
    二つ目で、否定をしなければ会話は続くのではないか、という草野氏の言葉が印象に残った。
  • 阿部光祐老師
    強い意志があり、持論を持って行動している自分の話を述べていた。
    行動が備わってなければ意味が無い、という言葉が響いた。
  • 吉田利孝氏
    一般の被災した人間、という観点から言及しているように見えた。
    荒れ果てた自分の家を写真で見せるという行為は非常に勇気のいることだと思うので、それを晒し、痛みを大勢の人々に見せることで震災の恐ろしさを伝えている吉田氏は、もしかしたら三人の中で一番尊敬すべき存在なのではないだろうか。

夜には、グループワークを海外参加者と共に行った。
私のBグループは四つの質問に対してこのような答えを出した。

  • ①草野氏の話を聞いて
    ボランティアの受け入れ、手配など、マネジメントの大切さ
    カウンセリングの重要性
    出来ない理由ではなく、出来る理由を考えよう!
  • ②阿部老師の話を聞いて
    The radio-active was spread to the town. They helped by cleaning and washing the town such as soil and water. Therefore, children will be safe form the radio-active.
    The reason that keeps that guy living is amazing.
    It is sad that so many people are suffered from this, but they have to do some action in order to reconstruct their city.
  • ③吉田氏の話を聞いて
    帰りたいのに帰れないというジレンマが被災者を苦しめている。
    国と被災者のミゾが埋まらなければ、問題は消えない。
    震災で人がいなくなった場所に盗みに入るのは非道だが、その盗んだ人も被災者で生きるためにしたことかもしれないから難しい。
  • ④DVDを見て
    フラダンサーは笑っているが、彼女には悲しみがある。それは阿部老師の言葉に近いものがあるな、と思った。

八月二十八日
米澤氏の説明を傾聴した後、仮設住宅へ行茶活動をしに行った。そしてその後、福島県立いわき海星高等学校の学生と交流会をした。
行茶活動では私は初対面の人と話すのが苦手なため、話を続けるのに必死だった。
しかし別の日本人の女性参加者によると、おばさんと話をしていてババロアの作り方の話から、被災の話になり、おばさんが泣き出してしまった。しかしその後、またババロアの話になった。このことを聞いて、まだ心の傷は癒えていないのだな、と実感した。
高校生との交流会では、「じゃんがら念仏踊り」を見た後、震災での被害を聞き、そして小さな浮き輪のキーホルダーをみんなで作り、最後に被害にあった建物を見た。被害にあった海のすぐそばにある運動部の練習場は、床が砂にまみれていて、骨組みが見えていた。その次に見た寮は、何十年も誰も住んでいなかったのではないかと思う位荒廃していた。また、震災の被害を説明したプリントには、英語でも説明が書かれていたので感心した。
グループワークでは、①今日学んだこと②今日感動したこと③仏教徒として覚悟すること、この三つの質問についてグループ内で話し合った。その結果

  • ①How to with old people.
  • ②会話はしなくても、抱きしめるだけで、わかりあえる気がした。
  • ③メリットが無くても、身を捧げる。
今回のグループワークで③の質問に違和感があった。何故ならグループの答えが「身を捧げる」になってしまったので、それなら他の宗教でもそのような答えになる可能性があるからだ。
他のグループが言っていた「諸行無常」などの言葉を使えば「仏教徒として」という答えに近くなったのだろうなと思った。
グループワークで、あまり使えない英語を必死に使いながら議論をするのは面白かった。また、短時間で議論をしてまとめる、という学習は大学ではやらないのでとても勉強になった。

八月二十九日 法要と視察、閉会式。

八月三十日 品川にて解散。

今回は貴重な体験をさせていただきありがとうございました。被災地に訪問したのは初めてで、地震、津波の被害の甚大さ、また原発事故の被害を自分の目を通して見たとき、テレビなどでは伝わらないものがあり、改めて自然災害の恐ろしさを感じました。

しかし、まだまだ復興もままならない被災地の方々は私達が仮設住宅を訪問した際、暖かく迎えてくれ、交流の時も明るく、笑顔で話してくださり、辛い環境の中でも前を向いて進んでいるのだな、と思いました。

今回は海外の方々もいらっしゃり、その方々が福島に行きたいと仰られていたと聞き、その理由が母国の地震被害に日本が支援したからということで、助け合う心は世界中にあるのだと感じました。また、私自身英語は学校教育で習ったものしか知らず、話せないと思っておりましたが、伝えようという気持ちで話してみると会話ができておりこれもまた大きな経験となりました。ほとんどの方と初対面でしたが、気付けば既に打ち解けていて、それは日本人だけにとどまらず、海外の方々とも打ち解けていて、ものすごく濃く、意義のある日々を送ることができました。

今回のIBYEプログラムでは仏教のもたらすご縁とともに、震災について知り、福島に生きる人々の姿を発信していくこと、同時に原発問題を他人事とせずに行動を起こす為の新しい視点を得るための貴重な経験をさせていただきました。今回の経験を通じて私個人としても、仏教徒としても、どう行動していくのかということを問われたのだと思います。IBYEプログラムの主催者の皆様、そして、共に学びを深めてくださった参加者の皆様にも心から感謝致します。

私の参加のきっかけは、曹洞宗の正見のポスターが印象深く心に残っていた為でした。長野県の私の出身地も震度6強の地震で被災をしており、当たり前の風景が失われていく様子を見ているだけで震災後は辛い思いでした。そんなある時、寺院に福島に住んでいた方がいらしたことがありました。そのご家族のお子様が放射線を気にせずに外を自由に走り回ることができることで本当に嬉しそうな様子であったと聞きました。

私たち以上に辛い思いをされている人達が沢山いるということを改めて感じ、東北や福島の原発問題を含めた「復興」や風評被害について、正見のポスターに書かれている言葉を少しでも実践していくことを大切にしたいと私は参加を決めました。

一番印象的に私の心に刻まれたことは、自らの言葉と実践から一つの仏教の共生の教えと生き方を示してくださった阿部光裕様の貴重な御講演です。原発事故騒ぎは自然界にとって人間勝手さの象徴であること。そして、人間だけが逃れようとすることはエゴであり、その報いを受けて人間は被ばくするということ。つまり、「人間のしたことの後始末は人間がする」という強いメッセージが阿部様の心から私達の心に伝わってくるかの様でした。

そして、行茶活動も印象深く心に残っています。ここでは海外から来て下さった皆様に私は心から感謝致しました。最後にはその場の皆様が笑顔になっている姿を見て、人の存在の有り難さを改めて感じました。傾聴については「寄り添う」ではなく、私自身が、「理解する」傾聴というよりも、「励まそう」という意識が強く、笑顔にしたいという気持ちをそのまま押し付けてしまう様な発言をしていないかと反省致しました。

最後に、今後の課題はこの経験を踏まえて、私が自主的に何を発信していけるのかを新たに見つけ出すことだと思っています。今回の体験から福島のことを他人事と思うことがなくなった分、今後も福島に関わる「決意表明」の意味も込めて感想文に臨みました。自分の言葉の重みを感じながら、正直、まだ何を始めたら良いのだろう?という状態です。

しかし、今回のIBYEプログラムで私にとって一番有り難い事は、新しい仲間の存在です。福島の復興と原発問題について少しでも前向きに考え、物事を共有し、未来へ繋いでいこうとする貴重な仲間と出会うことができたと感じています。今後も精進していくために、ひとつの出会いに感謝して、ひとつの失敗を次に生かすことを胸に日常に戻りたいと思います。IBYEプログラムを主催して下さった皆様、本当に有り難うございました。

まずこのプログラムを通して、様々な年齢の違う国籍の人と英語で会話するのは本当に大変だと改めて感じました。自分の考えを伝えられない、相手の話を理解できないことはこんなにも悔しいのかとも実感しました。それでも、この交換プログラムに参加された海外の方はみんな優しく、明るくそして懸命に私の話を聞いてくれました。言葉はすべて理解できたわけではありませんが、その明るさと純朴さには人として今でも尊敬しています。

福島のボランティアとして、一番印象に残ったのは、現地で活動される方々の話です。阿部光裕さんの慈悲と智慧の話では、笑っているときにも悲しみがあり、悲しんでいる時にも喜びがあること、これが慈悲であり、慈悲の心をもっている人に智慧があるのだという事でした。この言葉は今回のボランティアの中で一番心に残っています。

その講演の夜、ホテルの女将さんとお話をしました。その時彼女は双葉の仮設住宅に行茶をするという話を聞いて涙を流していました。双葉はもともと大きな一軒家に住んでいた人が多く、仮設住宅の生活は窮屈だろう、つらい思いをされているといって涙を流されていました。また行茶活動の時には、一人の女性とお話しをしました。私たちは本当に差し障りのない話をしていましたが、ある旅行先で貧しい暮らしをされている人と出会った体験の話になり、辛い生活をしているのだと思うとかわいそうだとその女性は涙を流されていました。そのあとも出し物や日々の事を話して笑いあいながらも彼女は時折泣かれていました。

その彼女たちの姿に、阿部さんのおっしゃった慈悲とはこのことかと少し感じる事が出来ました。他人の痛みを自分のように感じ、辛いことにも向き合いながら生活されている。そこには笑いと涙が混ざり合っていました。仏教徒として今回一番深く考えさせられたことは、彼女たちの姿を通じた慈悲でした。このプログラムでは実際に福島の方とお逢いして、話をきく機会をいただけたことを本当にうれしく思います。テレビや新聞では得られない情報や生の声を聴き、実際の福島の海や津波による被害をみて、福島で暮らす人が自分の身近に感じられるようになりました。そして、自分自身も日本人でありながら全く福島について知らないという事実には反省をしました。この体験を生かして、また新たなボランティアや、福島の正しい現状を伝えるなど、自分のできる範囲で行動していきたいと思います。

今回のプログラムは五日間という期間で行われましたが、それを感じさせないほどに濃く、充実した日々をおくることができました。私はいま大学三年生で、震災当時は高校卒業間近の年齢でした。大学入学後に震災や原発について学ぶ機会も多く、また国際交流にも興味があったためこのプログラムに参加しました。私の実家はお寺ですが日本人的な仏教徒のひとり程度の自覚しか持っておらず、他の参加者や海外の方との交流には不安な点ありましたが、実際に話してみるとそんな不安は嘘のようでとても密度の濃い時間を過ごすことができました。

ボランティアや被災地支援という言葉は震災から2年半経ったいまでも耳にすることがあります。しかし、実際に私たちに何ができるのかということはわからないままでした。安全な地域からほんの数日顔を出すだけで知れることはわずかであると思っていたので、ただの学生の自分にはまず正しい知識をつけ、広めることをしようと思いました。ですから(少ししんどかったですが)前半の日程で講演を詰め、様々な視点からの被災地を知ったあとで現地に赴き、被災者の方たちと接する機会をもうけてもらったのはとても有り難いことでした。

仮設住宅では挨拶をした瞬間からノンストップで話しはじめる方も多く、「誰かと話したい」と思っている方がたくさんいるのだと感じました。事前のお話から学んだ「笑顔の大切さ」もパフォーマンスを通じてすぐに実体験することができました。台湾の子たちの歌のあとにみなさんで「ふるさと」を歌い、口をあけることで段々と表情もやわらかくなり、その場の空気がほぐれるのを感じました。歌の力はものすごいものです。言語も文化も違う人たちが集まっているなかで、みんなで笑うということがどれほど良いことかを知りました。仮設住宅で「私には何もできないですが、」とこぼしたときに「元気な笑顔を見せてくれればそれでいいのよ」という言葉をいただきました。はたしてそれが本心かどうかはわかりません。しかし、実際に外部の人間が入ることで気持ちが楽になる部分もあるのかもしれないと感じます。震災当初の重い空気を引きずったまま生きてもきっと誰のためにもなりません、生きている方たちの笑顔のために自分たちが少しでも何かできたのならとてもよかったのではないかと心から思っています。

私は事前に福島のことも含め原子力関係のことを学ぶ機会が数度ありましたが、実際に現地の状態を知ると文献だけの情報では得られないものがたくさんありました。特に記憶に残っているのは立ち入り禁止区域の映像あった看板です。「原子力明るい未来のエネルギー」と書かれた看板からは原発の力で成り立っているその地域の実態を考えさせられました。私自身、中学のころに授業で「原子力発電は二酸化炭素の排出もない効率的な発電法」と習った記憶があり、震災前までは誰も原発の危険性を考えない国であった実感があります。海外の方からの質問で日本政府の対応についてのものがありましたが、二年以上経ってもいまだ進展のない現状に日本人として恥ずかしいと思いました。風評被害の実態もそうですが、全国民が自分の国でいま起こっていることに正しい知識と意見をもつことは重要なことです。政府、東電の対応に期待できない以上私たちが動いていかねばはじまらないと思いました。

実際に現地のひとのパワーを感じ、このまま終わるわけがない、と思いました。一部の地域はもう本当に復興が難しいとは思います、しかし人々の想いはきちんと残し、立ち直っていくべきです。私は福島出身ではないので100%の気持ちはわかりません、しかし私たちが何か手伝いたいと思う気持ちは持っていてよいのだと思います。

太陽の下、海岸での慰霊法要に参加できたこともよかったです。各国からきた人たちがそれぞれの国の言葉で読経し、亡くなった方たちのことを想ったことに意味はあると思います。津波の被害を受けた場所をみて、そこにいた人を想うだけでもいいような気もします。同じ日本に住んでいるのに他人事のようにとらえている人間はたくさんいます。彼らを責めるつもりはありませんが、あの三月十一日を共に過ごした日本人として、震災のことを心にとどめ続けることは無意味ではないと思いました。実際わたしは無力で無知なただの学生です。しかし実際にあの地に足を運び、お話を伺い、目で見たものを心にとどめ、伝えることで少しでもなにかの力になれれば良いと思っています。

貴重な体験をさせていただき本当にありがとうございました。今回、様々なひととの縁をつないでくれたお釈迦様には改めて感謝したいです。宗教概念の薄い日本で仏教徒として行動する機会を持てたことは今後の私の人生にも大きく影響すると思います。いろいろな方と出会えたことで学んだこと、自分の考えが変わったこと、それらを忘れずに生きていきたいと思います。

国際仏教徒青年交換プログラム Crisis Management IBYE Japan 2013 開催報告

全日本仏教青年会 直前理事長・国際委員長/世界仏教徒青年連盟(WFBY)副会長 村山 博雅
全日本仏教青年会 直前理事長・国際委員長
世界仏教徒青年連盟(WFBY) 副会長
村山 博雅
Rev. Hakuga Murayama
Immediate Former President of All Japan Young Buddhist Association
(and Chairman of International Committee JYBA)
Vice President of World Fellowship of Buddhist Youth

平成25年8月25日~30日、国際仏教徒青年交換プログラム(International Buddhist Youth Exchange:IBYE)が本会主催、世界仏教徒青年連盟(WFBY)協力のもと、公益財団法人全日本仏教会、世界仏教徒連盟、公益財団法人仏教伝道協会、全日仏青支援の会、公益財団法人大和証券福祉財団、一般財団法人太田慈光会、東京都仏教連合会等の団体各位にご協賛をいただき盛大に開催されました。

国際仏教徒青年交換プログラムはWFBYが加盟各国で長年取り組んできた青少年対象のプログラムであり、仏教を通じた将来の社会的リーダーの育成・青少年の国際交流・伝統的仏教文化のグローバル化を目的としてアジア諸国で行われてきました。この度2007年第1回日本開催以来6年ぶりの開催となった本プログラムでは、平成23年3月11日に起こった東日本大震災にかかり、本会の各加盟団体を始めとする日本の青年僧侶が様々な方向から被災地に寄り添ってきた経験をふまえ、日本・韓国・台湾・マレーシア・タイ5カ国の代表参加者、合計約100名(青少年参加者58名、海外代表参加者18名、他日本スタッフ28名)が4泊5日福島県いわき市に集い(日本参加者は東京での研修を含め5泊6日)、実際のボランティア活動やレクチャーを通して、震災に対する正確な理解を深め、命、自然環境、危機管理について学ばせていただきました。

プログラムの具体的内容として、1日目は築地本願寺にて国内参加者に対する事前研修と交流会を行い、支援活動として行われる国際交流の趣旨を理解し、2日目は成田国際空港で海外参加者を迎え、移動とともにいわき市の薄磯、久ノ浜等を視察し被災地の空気に触れ、3日目は現地にてボランティアや復興支援を率先してきた先生方を講師に迎え、現場の正しい情報と知識を学び、4日目はいわき市の仮設住宅における行茶(傾聴)活動と、参加者と同年代である高校生との交流会を行い、人とのふれ合いから被災地の心を感じ、5日目は薄磯での慰霊法要とともに復興の象徴であるアクアマリンふくしまやハワイアンズ等を訪問し、追悼とともに復興に向かう現地の想いと力を見ていただくというものでした。かなり過密な行程ではありましたが、その綿密に組み立てられたスケジュールの中、深く多くのことをそれぞれの胸に刻んでいただけたと、参加者の提出レポートより確認できています。

地震発生より2年半以上の年月が過ぎましたが、勿論のことながら、東日本大震災は間違っても過去の出来事ではなく、未だ現在の問題であり、その現実について次代を担う青少年が実際の体験として正しく学び理解していくということは、被災地の復興、放射能に関わる課題、さらに日本の将来を見据えた上で必要不可欠であると考えています。そして、この度の災害に対する切なる思いを被災地内外の青少年が日本全国に伝えていくこと、また、海外からの参加者が日本の青少年とともにその事象を正しく理解し国際社会に改めて広く発信していくことは、決して風化させてはならない震災の経験を社会に繋ぎ止めるとともに、被災された皆様方への支援が真摯な思いと共に長く継続されていく一助になると確信いたします。

この度の事業に際しまして、協賛をいただいた多くの団体の皆様方と先輩諸師の皆様方、青少年参加者募集協力をいただきました各大学の先生方、運営サポートいただいたWFBYの皆様方と参加して下さった各国Club25の皆様方、国内メンバーとして参加して下さった一般青少年の皆様方、そしてまた何より全力で奉仕して下さった本会スタッフの皆様方、ほかご縁を結んでいただいた多くの皆様方に対しまして、改めて心よりの御礼を申し上げます。誠に有り難うございました。さらに大いなる意義をもって継続する本会の復興支援と国際交流に、今後とも更なるご理解とご協力をお願い申し上げまして、本事業円成のご報告とさせていただきます。

合掌
Appreciation supporting International Buddhist Youth Exchange-Crisis Management IBYE Japan-
Great East Japan Earthquake Reconstruction Support
On behalf of JYBA, We would like to show our sincere gratitude to all Regional-Centers and HQ of WFBY who has been very supportive and corporation in order to succeed. From August 25 to 30, International Buddhist Youth Exchange-Crisis Management IBYE Japan- was organized by JYBA, and has successfully done all of program, because of supportive associations: WFBY, WFB, JBF and other many Buddhist Fellowships from Japan.
JYBA has been preparing this program for long time. This program is designed not only developing social leader with Buddhist thought, but also Youth Exchange and understanding traditional Buddhism Culture among Asian countries. In this year, we focus on the huge Tsunami incident which has occurred in March 11, 2011. As we JYBA, many of young Buddhism Priests rush into the damaged towns, villages and communities with compassion, something must have been done at least we can do, be there and share the pain. Through this experience, participants from Thailand, Korea, Taiwan, Malaysia and Japan, about 100 persons gathered up at Iwaki in Fukushima to learn important lessons about Life, Nature and Crisis Management in this rich program for 6days.
Day1: Prior training and orientation to Japanese participants, with WFBY HQ and BGF staffs.
Day2: Greeting at Narita international airport and inspection of disaster area in Iwaki, Fukushima.
Day3: Lecture1-3/volunteering and learning what goes on at Fukushima.
Day4: Lecture4 about real volunteer activities. And communication with victims at temporary housings (Listening activities).And friendship exchange meeting with high school students in Iwaki, Fukushima.
Day5: Memorial Service at affected seaside area. And visiting many tourist facilities, which has been rebuilding up in Iwaki, Fukushima.
Day6: Greeting to goodbye and move from Fukushima to Narita or Tokyo.
Even though it looked very hectic schedule, reports from participants show us that every one of them studied reality of life. Of course they learned lots of things about Life with Mother Nature and saw places have been rebuilding.
It has been almost 2 and half years since Huge Crisis at the East Japan earthquake. We should be able to realize that this is not the kind of thing we left behind as past, it is now, it is still present and real thing we all facing at. That is why young generations who owe the bright future definitely need to experience, learn and spread out to the world what is happening here, what radiation does to us and what is recovering from this hard time.
We will have people all over the world, know that Japan has heading right direction to overcome huge pain and loss. In this program, each participant is not going to leave people who suffered enough with devastating tragedy behind. We believe that having thoughts for these people provides energy to keep crisis management in mind and continue to pass out for future generations. That is real humanity.
At the end of this message, we would like to thank all of your help and corporation again.

Yours, in the Dhamma.

Rev. Hakuga Murayama
Vice President of the World Fellowship of Buddhist Youth